150127_dororo_01ちまたで人気の『妖怪ウォッチ』だが、手塚治虫の作品にも妖怪が登場する作品があったことをご存じだろうか? この作品はかつて1969年にテレビアニメ化され、2007年には妻夫木聡、柴崎コウ主演で実写映画化もされているので、アニメや映画でご存じの方も多いだろう。

2015年1月より発売が開始された三栄書房の手塚治虫セレクション。その第1弾を飾るのは、手塚治虫の異色時代劇として名高い『どろろ』である。
特に百鬼丸が魔物によって奪われた48か所を取り戻すために妖怪を退治するという設定や、両腕についた刀が武器という設定は斬新かつ印象的である。現在、映画が公開中の作品『寄生獣』が、怪物が体に寄生したものなら、百鬼丸は怪物に体を略取された少年の物語と言えよう。

主人公はその百鬼丸と、両親を亡くしながらも戦国の世をコソ泥しながら逞しく生きるどろろのふたり。旅をしながら妖怪を退治し、その度に百鬼丸の目や鼻、腕や足など体を取り戻していくという物語だ。
血なまぐさい戦国の世を舞台にし、妖怪、そして過酷な生い立ちなど、暗くおどろおどろしい部分があり、少年向けの漫画と思えない作品だが、そこにはいかにも手塚治虫らしいテーマが隠されている。

それは“生きる”ということだ。生まれてこなければよかったと思うような境遇のふたりが、それでも生きる目的を持ち、過酷な運命を生きる姿。手塚治虫のライフワーク『火の鳥』や『ブラック・ジャック』に通じるメッセージを感じずにはいられない。

ちなみに『どろろ』は1967年から1969年にかけて漫画雑誌で連載されたのだが、1969年8月より連載開始された作品に『火の鳥 鳳凰編』がある。その作品に登場する人殺しで、泥棒の片目片腕の悪人・我王に百鬼丸とどろろの姿を垣間見ることができる。

また同時にこの作品に『どろろ』のメッセージの継承がなされたと感じずにはいられない。『鳳凰編』では、自分の生まれを呪い、がむしゃらに生きる我王が、やがて人間とは、生きるとは何かを悟っていくのだが、百鬼丸とどろろの旅の最後にも、本当はそんなクライマックスが待っていた……と考えるのは深読みし過ぎだろうか? 興味のある方は、『どろろ』とあわせて『火の鳥 鳳凰編』を読んでみると面白いかもしれない。

三栄書房の手塚治虫セレクション第1弾『どろろ』はイッキ読みできる全846ページで価格787円(税別)。1月20日より全国のコンビニエンスストアで発売中。

三栄書房
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